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2018年11月15日

●一巻の終わり

理由はいろいろあるのですが、要するに面倒になったからで、近年では告知情報の掲載くらいしかできなかったのですが、とりわけ物理的なメンテナンスが難しくなり、今後このサイトを安全に運営できる保証がない、というのがこの決断を後押ししました。
本ブログの前身である「退屈帝国」を月野定規や他の友人たちとひっそりと始めたのが2001年のことでした。それからすぐに「9・11」が起こり、その後の世界史的な激変は皆さまがご存知のとおりです。それでもひっそりと「退屈」と言い張ってきたところに、私たちのかすかな矜持がかけられていたのかもしれません(まあ、本当に退屈していただけ、というのも半面の事実なのですが)。
個人的に思い出すのは2004年、「イラク戦争」の際の3人の日本人人質へのバッシング事件のことで、当時このブログで細々と考えたり書いたりしていたことが現在の私の仕事につながっているのは確かだと思います(その私を支えてくれた月野定規の友情を忘れることはできません)。あのとき、不意打ちのように浮上してきたさまざまな卑劣さ、愚劣さは、今ではそれがはるかに規模を拡大して私たちの生活のすみずみまで浸透しています。たぶんこの不快さの霧のなかで私はこれから生き続け、やがて死んでいくのでしょう。
潮時、というやつが何事にもあるようです。読者という存在をいっさい気にせず(始めた当初から毎日いったい何人が訪れるのか、カウンターを見たことさえなかった)、たんに書きたいことを書いて誰とも知れぬ人びとに公表する、という、30歳ちかくになってはじめて自分のコンピュータというのを手に入れた私にとっては、ある意味で夢のようなメディアが「退屈帝国」でした。しかしSNSの急速な発展がこの種のブログの存在感を希薄にしてしまい、すっかり時代遅れとなり過疎ってしまったこのサイトを、それでもなんとかここまでだらだらと続けることができたのは、今では年に数回飲むくらいが関の山となってしまった月野定規の存在です。「neo2」からはエロ漫画家と文芸評論家の共同サイトという、とてもありえないようなコラボになりましたが、それがなにか生産的なことに繋がる機会はもちろん一切なく、マンガを共作しよう!という企画が浮かんだことはあったものの、あいかわらずたまに会うと飲んでだらだら話すだけ、という日々が続くことがこのブログの唯一の存在理由のようなものでした。
一昨年、「退屈帝国」同人だったDamin氏のALS発症を知らされてから、かつての同人たちが集まる機会が増えました。Damin氏については別途書きましたのでここでは繰り返しませんが、病床に横たわる彼を見ていて思い知らされたのは、「退屈」とか「うんざりした」というのは結局若さの発露そのものであり、自分の人生を誕生からではなく、その終焉までに残された時間で測るようになった者には「退屈」する猶予すら与えられていない、という端的な事実です。要するに私たちが年をとった、ということなのですが。
今後、告知などはそれぞれのTwitterやFacebook等で行われる予定ですので、このを閉鎖しても特に支障はないと思います(検索したらすぐ見つかります)。石川に直接連絡をご希望の方は今後はFacebook経由でお願いいたします。
なんとなく本名で評論を出すようになってしまったので、もしペンネームで書きたいと思うことがあれば、いずれどこかで今以上にひっそりとブログみたいなものを始めるかもしれまん。でもそれはまた別の話。
最後は勝海舟の言葉で締めましょう。「コレデオシマイ」。