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2017年09月15日

●「ユリイカ」に寄稿しました

「ユリイカ10月臨時増刊号 総特集・蓮實重彦」にエッセイ「新開(ブランク)と歴史 蓮實重彦における「社会」をめぐって」を寄稿しました。枚数の都合で詳しく触れられなかったのですが、氏の三つの小説が郊外、ホテル、多目的ホールという(良くも悪くも)20世紀の典型的な建築空間を舞台としていることは、第二帝政期以降という蓮實史観とどう関わってくるのかをいずれきちんと論じなくてはと思っています。なお、ここで映画のはなしを持ち出すと論旨の収まりがつかなくなるので断念したのですが、おそらくコールハースにおける「ロックフェラー・センター」は蓮實における「山中貞雄」に相当する、ということはやはり注にでも書けばもう少し意図が通じたかなあ、と拙論を読み返して思ったのでした。

特集をざっと読んでみて、ありうる蓮實批判というのは要するに映画史(経験論)を除いた蓮實重彦とは結局歴史(弁証法)を欠いたブルジョワ・イデオロギーにすぎない、というあたりに落ち着くわけで、その言説を「おまえの居場所はどこにもない」というメッセージとして読んでしまう後進たちはそこに苛立つのだが、しかしやはり蓮實の言説は歴史を欠いてるわけではなく(ヘーゲルの建築のような)映画史という理念が確実にあり、それを映画史の側から解体しない限り批判は本体に届かないんじゃないかという気がしている。