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2012年02月24日

●のりたま日録1

最近のTVのお気に入りは「孤独のグルメ」。松重豊が一人商売の苦さと不安をうっすらと漂わせた「軽い重さ」とでもいったものを漂わせて、とてもいい。実際、昼ごろに妙に時間が空いてしまったときの行き場のなさを食欲で満たそうというのは、ボクにも覚えがあるのだ。

Project Japanをざっと読んだ。ポイントはやはり菊竹清訓の「自分の建築は旧地主階級からのプロテストだ」という驚くべき発言だろう。
それが事実なのかどうか(菊竹の今日の視点からの合理化なのか)は別にして、要するにメタボリズム(1960年)が建築界の小さな「保守合同」のようなものであった、ということだ。
菊竹のいう右派的旧勢力からアメリカ帰りの民主主義的エリート(槇文彦)、さらにアイロニカルな同伴者(磯崎新)まで巻き込んだ、この種の政治的「野合」を可能にしたのがメタボリズム=「成長」神話である。
今日、メタボリズムの復権を唱える人々の意図がどのへんにあるのか、そのあたりから想像してみるべきだろう。
(もっとも、「野合」というのは実際にはちょっといいすぎで、要するに彼らがまだ学生に毛の生えた程度のキャリアしかない若者で、将来の方向性など海のものとも山のものとも知らなかった、というのが実態なのだろうけど)

さて、明日は建築家Kさんのオープンハウスに伺う予定。画家の個展に行ったことはあるが、建築家の内覧会というのは初めて。わくわく。晴れるといいな。