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2011年03月29日

●このたびの震災に


3月11日の大地震からすでに半月以上経ちましたが、災害の終息はいまだに見えてきません。
この間、様々な地域や人びとが復興に向けて少しずつ歩みを始めています。
私たちはそのことに深い敬意を表したい,、そして被災された方々の力になれるようなことをわずかでも積み重ねていけたらと思います。

しかし同時に、これほどの数の死者が出たにもかかわらず、彼らの喪に服する余裕もない社会の不幸、ということも考えざるをえません。
歩みを止めるな、日常を続けよ、と誰もが誰もに命じ、とりあえずは直接の被害を受けていない私たちは一見、日々をこれまでと変わりなく過ごしているかのようです。
そうしたこの社会あるいは文明は、途方もない規模で続けられる自転車操業、というのがその実体らしく、すこしでも足を止めたら倒れてしまう、という恐怖がその原動力となっています。
福島原発の事故(これは天災ではなく人災というべきでしょう)は、この恐怖の、アレゴリーである以上に端的な事実にほかなりません。
私たちが生きているかぎり、いや、日本列島(と今は呼ばれている土地)に人びとが生活するかぎり、この恐怖の事実から目を背けることはもはやできなくなってしまいました。
それは私たちの仕事にも、意識するしないに関わらず何らかの影を投げかけてくることになるでしょう。
2001年、偶然ながら9.11ニューヨーク同時多発テロ事件とともに「退屈帝国」を立ち上げ、イラク戦争を経て、この大震災のあった今まで、私たちは細々とこのblogを続けてきました。
今後とも私たちは当たり前のように仕事をし、生き続けていかなくてはなりませんが、同時にそれがどういう意味を持つのか、つねにひそかに自らに問わなくてはならないのだと思います。
私たちは今後とも「にょにょ」をあたかも何事もなかったかのように続けていきたいと考えていますが、その前に——

この災害で亡くなられた方々に黙祷を捧げます。
そして現在も様々な苦難に立ち向かい、それと闘われている被災者の方々に心からのお見舞いと敬意を捧げます。

退屈帝国(文:石川義正 絵:月野定規)