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2009年06月09日

●「夏時間の庭」

代表の南アW杯一番乗り、とりあえずオメデタウ。個人的には中村憲剛がゲームの主役を張るようになったのが、好きなプレーヤーだっただけに特に嬉しい。
でも来年、このサッカーでほんとに南アフリカで戦えるのか? といったら話は別だろう。つうか、来年のシステムとスタメンがまったく想像できない。まさか本番で俊輔を中盤でプラプラさせておけるほど余裕のある試合運びになるわけもなく。なにより中沢の年齢(による衰え)は致命傷になるかもしれない。

ところでこの晩の「シャンデリアハウス」ののっちは、トヨタカップでオフサイドをくらったときのプラティニのマネを(訳もわからず)させられていた。このタイミングを狙っていたに違いないここの番組スタッフ、なんてサカオタの鏡なんだ! 座布団1枚!

(以下ネタバレあり)

物語はMovieWalkerによれば以下のとおり。
「画家だった大叔父が遺した貴重な美術コレクションがあふれる一軒家。その主である母を亡くしたフレデリックら3兄妹は、それぞれの事情を抱えながら、思い出ある家や美術品をどうすべきかを話し合うことに」。
てなわけで、母親の死をきっかけに家族が解散するという、どこかしら松竹っぽいお話のこの映画を観ながら「この長男、そこはかとなく中井貴一みたいだよなぁ~」と思ったとたん、「この大叔父は小津安二郎のことなのだ」とはたと思い至ったのだった。

そう考えると、日本版「夏の庭」(というのは相米慎二の映画のタイトルなのだが)のキャスティング(の妄想)で映画なんかそっちのけである。大叔父の最後の愛人?であったらしい母親役は当然「秋刀魚の味」の加賀まりこ、もしくは「浮草」の若尾文子、長男が(ゆうまでもなく佐田啓二の息子の)中井貴一で、長女ジュリエット・ビノシュがとよた真帆(青山真治の嫁だから)、末っ子は浅野忠信よりも(ちょっと若すぎるが)オダギリジョー(どっちも黒沢清の映画に出演してる)てな感じか。
経済学者の長男は、母親が亡くなった後もこの家をそのまま家族で守っていきたいと思い、グローバル経済の真っ只中でキャリアを積む長女と末っ子は家と遺産を売って新しい生活をはじめたいと言う。結局、下の二人の考え通り、生活の一部となっていた美術品はオルセー美術館に引き取られる。家族も家もばらばらになってしまい、家族の思い出のつまった家具や美術品は、美術館の観客の無関心な眼差しに素通りされる。

もちろんこれはグローバリズムに解体されつつある国民=映画の運命のアナロジーなのである。にもかかわらず、ふと客席を見回すと、アサイヤスなんてマイナーな監督の作品のわりに、なぜだか歌舞伎座か新橋演舞場で見かけるようなover60なおっさんとおばさんばかりである。最近のリヴェットやロメールの映画でもそうだったのだが、もはやかつての「ヌーヴェル・ヴァーグ」は引退した小市民がなんとなく愛好する(と趣味がイイと思われる)骨董品の一種にすぎないのだろう。