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2008年05月21日

●シーズンオフ

ヨーロッパのリーグ戦が終了し、今夜の大耳争奪連盟(チャンピオンズリーグ)決勝が終わると、しばらくは代表戦を楽しむ時期に入る。んで、今年は特に欧州選手権があるので結局wowowに加入してしまったのだった(4年前のこの時期、wowowに加入している友人の家に明け方押しかけるというザマだったのである。申し訳ないSくん)。
でまあ、今週はその前哨戦としてu23とかフル代表の試合があるわけですが、その話はあんまりしたくないや。なんか岡田監督の代表チョイスはどことなくジーコ監督の劣化版を思わせるので、あまり楽しい期待が持てないのである。

意外なところでは、NHKの「沸騰都市」という番組(スタッフロールに押井守や川井憲治がクレジットされてる)で、ロンドンのサッカーチームを取り上げていた。要するにロシアやアジアからマネーが流入してロンドンが活気づいている、というプロットなんだけど、しかしアーセナルにロシアの鉱山王が食指を伸ばしている、となると話は別である。

サッカーは「下部構造」によって8割がた成績が決まる、というのはたしかに事実である。
はっきりいって、資金があるチームほどおおむね強いのだ。
従って現在、資金が最も潤沢であるマンUとチェルシーが最強、というのは間違いない。マンUはマーケット戦略が巧みである一方、チェルシーはいわずとしれたロシアの石油王(きな臭い噂もかなりある)アブラ氏のポケットマネー(?)で運営されているのである。

とはいうものの、チェルシーのサッカーはやっぱりつまらない!(断言してしまうが)
モウリーニョが優れたマネージャーであったのは確かである。恐るべき堅固なDFをベースにした、あのヴィヴィッドな勝負勘はやはり敬意を払わざるを得ないものだった。
しかし、彼は成金アブラと対立してしまう。この世の常として、成金はカネさえあればなあ~んでもできると考えがちであり、高額な移籍金のかかる選手はどこにいっても活躍する、と考えがちである。
きっとアブラも例外ではなかったのだろう、勝手にスタープレーヤーを購入し、チームのマネジメントに介入した挙げ句、結局モウリーニョは退任してしまう。
これは勝負師と成金のしょーもない対立の一例に過ぎないが、要するに成金という連中は、試合に勝って金を儲けることしか考えていないのであり、しかも資金さえ注ぎ込めばかならず勝てると考えてしまうのである。

そんなアジアの野蛮な(偏見)成金のもとで、なぜ今のアーセナルのような例外的な美に充ち満ちたサッカーが維持できるというのだろうか?
あの勝負強いモウリーニョにすら満足できなかった成金が、どうしてベンゲルのサッカーに共感できるというのだろう。
サッカー界がすべて出来の良いチェルシーのようなチームと、出来の悪いチェルシーのようなチームばかりになったとしたら、この世は闇というのである。

しかし、ボクがこの番組を見て苦々しい思いを抱いたのはそこではない。
アーセナルの美を擁護するためには、国際資本を排除し、ナショナルな障壁に保護されなくてはならない、という事実についてである。
たぶん、アーセナルのサッカーに「国際競争力」はある。たしかに勝負強くはない。でも、すくなくともCLのベスト4に入る実力はあるだろう。そしてボクらは、このサッカーでいつか大耳を獲得してほしいと願っているのだ。
しかし、成金はそれでは満足しないのである。成金はサッカーの美をかなぐり捨てて、今すぐにでもCLで優勝しようとする。じゃないと、カネがもっと儲けられないからだ。
それは成金以外のファンにとって正しいことなのか?

仮に金の力でナンバー1になれたらいいけど、もしダメだったとしたら、そのチームに何が残るのだろうか?
それは退屈で勝負弱く、ぺんぺん草1本生えない荒れ野のようなサッカーだけである。
そしてカネにならないとわかったら、成金は脱兎の如くチームから資金を引き揚げてしまうに決まっている。所謂「ハゲタカ」というやつである。

しかしこうした言いぐさは、いくぶんか「日本米の美味しさ」を擁護することに似ているのだ。もっといえば、それは「純文学」に似ているのである。もっとも日本国は「純文学」に対して「美」も「国際競争力」も認めていないから、ただ滅びるに任せているように見えるけど。