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2008年03月16日

●アーカイヴ9「琉球独立党資料集」書評

「沖縄」という問題とは何か。それは誰によって、誰に対して、どこに定位されるのか。この一見自明な前提を前にして、沖縄をめぐる問いのすべては苛立ちと共に立ち止まっている。
 大多数の「日本人」にとって、沖縄はすでにマイノリティですらない、という断定はむろんあまりに不当である。だが、1972年5月15日の沖縄「返還」以来、75年沖縄海洋博、87年海邦国体、2000年沖縄サミット開催という段階的な政治馴化は、ひたすら「沖縄」という問題の相対化と抹消を目指してきたのであり、その結果としての現在がある。今や沖縄県における米軍基地問題、沖縄県における歴史問題、沖縄県における環境問題は存在しても、それ以外ではないのだ。
「沖縄」という問いを発するのは誰か。もちろん「沖縄人」自身である、という定義もまたかならずしも自明ではない。それは沖縄県民もしくは出身者を指すのか、奄美諸島を含む南西諸島全域の住民という意味か、あるいは「琉球民族」と呼称されるべきか、そこに「本土」からの移住者は含まれうるのか、等々…。「沖縄」という固有性は、日本人のみならず沖縄人を自認する人びとに対しても、価値転換としての「政治」的な反問を強いるはずである。
 したがって「琉球独立」という問いは、幾重にも錯綜した課題と宛先とをあらかじめ抱えこまざるをえないのだ。60年代後半、沖縄は「復帰」をめぐる諸々の闘争で沸き立っていた。70年夏に発足したという琉球独立党の活動もそのひとつであり、本書に収められた党文書はすべてこの時期に集中している。植民地的な状況が強いる諸勢力の圧迫の只中にあって、初代党首・野底土南によるどのテキストにも、この問いかけの切っ先を、誰よりもまず自らに突きつけなければならないという怨嗟と痛みとがあきらかに見てとれる。「一六〇九年以来の外国武力支配と両属政治によって馴致されたところの精神病、他力本願、怯懦、退廃、奴隷根性、劣等感、迎合、諦観、自暴自棄、裏切り、買弁、二枚舌、たいこもち、厚顔無恥、無知無能など。/これら諸悪のカタマリ」(「被抑圧民族としての自覚を」)。しかしこの苛烈なまでの自虐は、植民地主義的な世界秩序に闘いを挑んだ「第三世界」の、たとえばエメ・セゼールのような詩人=政治家にも共有される、避けることのできない病理でもある。「われわれの下劣さと放棄から発芽した、夜の畸形の球」(「帰郷ノート」)。
 当時からすでに30年余を経て、現在、沖縄を取り巻く情勢が一変してしまったのはたしかである。グローバル化した「ネオリベ」的潮流に漂流する「国民国家」は(アメリカ合衆国という唯一の巨大な例外を除いて)もはや至高の価値ではなくなっている。平和を享受する地域では「敵対性」に基づく政治が時代錯誤な観念として廃棄されかねない一方で、剥き出しの権力が憎悪をぶつけ合うアリーナでは死者の頭数で和平が取り引きされる。だが、そこで真に問い直されるべき「政治」とは、世界を分割しているこの絶対的な差異にあるはずである。「琉球独立」が投じる剣は、「沖縄」という問いの輪郭を素描しながら、同時に、世界を配分する政治そのものへの抵抗の試みにほかならないのだ。
(「週刊読書人」2006年10月20日号)

(現在の後記)
ボクが勝手に「師匠」と仰ぐひとから「キミ、沖縄に興味があるならコレ書きなさい」と預けられた仕事。たしかにボクは以前、沖縄を舞台にジロドゥの「エレクトラ」を映画化するというシナリオを温めていたことだあったのだ。
イラク戦争が始まったあの「3月の5日間」(@チェルフィッチュ)、ボクは友人と二人で沖縄に旅行に行っていた。レンタカーを借りて、沖縄本島を北から南まで観光地を巡り、夜は盛り場で酒を飲んでいた何と言うこともない旅だったのだが、ふと気づいたのは「どこに行っても全然米兵とすれ違わない!」
その時期、米軍は基地内で待機中(一部はすでにイラクへ出発していた)なのだから、それは当然だったのだけれど、しかしあの人の疎らな、奇妙に絶対的な「無(不在)」の感触は今でも忘れがたいものがある。それはおそらく渋谷のラブホでだらだら過ごす「平和」と、海の向こうで始まる「戦争」という二項対立的図式の中にある空虚感とはまったく異なるものだ。
というか、むしろ現在の、え~と最近では「ゼロ年代」とかいうのですか(笑)、そのパラダイムの基調にみえる「平和と戦争」は、この沖縄の(基地に依存するしかない経済体制を含めた)「無」を見えなくしてしまう、あるいは見ようとしないことを正当化しているにすぎない。
じじつ、東京等に多数生息している自称ビンボーさんから、本橋哲也氏ふうのカルスタ的インテリさまも含めて、「沖縄」あるいは世界中の「沖縄」的な「貧困」に対して(自分の出世のネタ以外としては)何の関心も抱いていないことは明白であると思う。

今日の「東京新聞」日刊の「貧困の構造」という連載記事に、現在の派遣労働の実態がレポートされていた。そこには早朝、都内の駅前に集まった派遣労働者を「トラックのコンテナ」に乗せて現場に運ぶ、労災がないという「人を人と思っていない風景」が綴られている。
しかし実際にはこうした「非正規雇用」の待遇は、ボクが同様の労働に従事していた90年代前半と何一つ変わっていない。ちなみにボクの日給は手取り6000円弱で、日中ずっと平和島の流通センターの冷蔵庫の中で大手チェーン居酒屋の食材の仕分けをしていた(時には平和島の駅前からトラックでどこぞの工場に運ばれ、別の仕事をすることもあった)。ただしあの当時はまだ、そういう現場にはボクのような若者は比較的少なく、中年以降のおじさん(障害のある人含む)と外国人が大半を占めていた、というだけの違いである。
ボクにとって現在の「非正規雇用問題」の大半が疑わしいのは、「今の生産・流通システムを根本的に変化させない限り、こうした労働現場はなくならない」という事実を隠蔽している点にある。結局マスコミ等が問題にしているのは、日本国民全体の体力(購買力の低下)であり、一定数の非正規労働自体を否定しているわけではあるまい。
実際、もしもこの状況を本気で改善させるつもりなら、日本じゅうのコンビニはすべて潰すべきだし、食料品等は現在の価格の倍以上に跳ね上がってしまうだろう。そんな生活がほんとうに今の日本人に可能なのか? 要するに本音では「薄汚い仕事は「ガイジン」や「フローシャ」にやらせておけ」と言っているようにしか受け取れないのである。