« アーカイヴ6「大きいお友だち」がアニメに群がる理由(わけ) | メイン | アーカイヴ8『マレーナ ディレクターズ・エディション』解説 »

2008年03月12日

●アーカイヴ7『HANA-BI』が曝露してみせたもの

 北野武脚本・監督・主演作品である『HANA-BI』に対する一般の評価をいまさら述べるまでもないだろうが、昨年のヴェネチア映画祭でグランプリを受賞し、パリの『カイエ・デュ・シネマ』といった専門誌の評価も高く、同時に北野としては各国で例外的な観客動員数を達成したという、最近の邦画の中では稀有な作品だった。だが、さまざまな場で論じ尽くされた感のあるこの映画をここであらためて取り上げてみたいと思うのは、作品自身があらかじめそうした批評のあり様を体現していた点に、批評があまりに鈍感だったのではないかという疑問に発している。端的にいって『HANA-BI』が暴露してみせたのは、批評の、何かを否定し、何かを肯定するという相対的な機能がすでに内実を失っているという事実である。
 たとえば、こんなシーンを思い出してみる。
 回復の見込みがない病の妻・美幸(岸本加世子)が湖畔で一心に枯れた草花に水を注している。その側で暇をつぶしていたサラリーマンが見ず知らずの彼女に、「死んだ花に水をやってもしょうがないんだよ! おまえ、頭おかしいんじやないの?」となぜか苛立つように言いつのり、だが次の瞬間、元刑事である夫の西(ビートたけし)は彼を湖へ殴り倒す。やがてこの哀れな通行人はパンツと革靴をのみといういでたちで寒空の下で自分の衣服を乾かすことになるのだが、ややコミカルに演出された一連のシークエンスについて、「美幸は夫が見ず知らずの他人に暴力をふるうのを見過ごしたのだろうか?」という素朴な疑問が観客の脳裏をよぎることは、ここで西の傍らにいたはずの美幸のショットが省略されていることからも妥当と思える。つねに「見つめる女」をヒロインに据えてきた北野の映画にとって、これは例外的な事態なのだし、むしろありふれた、物語の必然とさえいえる。この時点で西の暴力を妻の視線に晒すことは、ストーリーの展開上あってはならないのだ。というのも、これは、入院費の嵩む妻のためにやくざから多額の借金をし、返済のために銀行強盗を犯すに至った西夫婦の逃亡中に起きた小さな挿話のひとつなのだが、美幸が西の犯行を察知しているのか否かが判然としない(させない)ところに、美幸の無垢な聖性を感受させる仕掛けになっているからである。

 美幸は喋らないキャラクターとして、だが最後に「ありがとう、ごめんね」とそっと一言だけ呟いて、西の懐の拳銃に触れる。夫を自死へと追いつめた妻の悔悟と感謝とが込められたこの一言の重みに『HANA-BI』の物語としての感動はかけられており、そもそも最初から美幸が共犯者として描かれていれば、このセリフは成立しようがないのだ。「物語的必然」とはそうした意味であり、また感動ならぬ「欺瞞」がここでほのかに感じ取れる理由でもある。欺瞞、と呼ぶのは、たとえば「あんな死にてえと思ってる男が妹思いのわけねえっての」と、かつて『その男、凶暴につき』に触れながら断言した北野自身の倫理の潔癖によって、そうなのだ。この、愛と暴力とを併存させることへの含羞というか、何かを積極的に肯定するために何かを積極的に排除する身振りを人はしばしば、「北野的」と形容してきた。そうしたスタイルとしての「突発的な暴力」は、いかにニヒリズムに彩られた陰影を誇示しようと、つねに目的を見失うまでに充溢しきった生の開示であった。だが、『HANA-BI』に特徴的なのはむしろ暴力ヘ至るまでの周到な手作業の過程である。西は湖に呆然と釣り糸を垂れる妻と並んでしゃがみこみながら、やくざを目にすると何気なくタオルと足許の石を手に取って立ち上がり、妻のもとを離れてゆく。この間延びしたリズムが、盗難車であるタクシーを徐々に偽パトカーに塗り替え、銀行を襲撃するまでの呆気ない、ほとんどピクニックのような雰囲気と軌を一にしているのを見るのはたやすい。
 HANA(生)とBI(死)の間にひかれた「-」。ゆるやかな移行の過程として、映画は発砲事件から妻との心中へと組織される。しかしそれは、北野自身がしばしば執着をもって語ってきた「歩行」といったテーマとまったく質を異にするものだ。あえていうなら、現在であり、永遠であった、あの「ユートピア」的な生の充溢からもっとも遠い、むしろ死の、有限性の切迫のようなもの。「始まり」と「終わり」との間に広がる夕暮れの薄明のような切迫において、『HANA-BI』の夫婦の戯れは、唐突に『ローマの休日』の王女と新聞記者のカップルのそれのような、或る凡庸な悲痛さを湛えはじめる。オードリー・ヘプバーンが暮らす宮殿を、ローマという古都の遺跡を、イタリア人の猥雑な日常生活と対照的な、あたかも死の国への開口部のように表象することで、『ローマの休日』は単なる喜劇を超えた訴求力を得ることができたのだった。じつは今回初めてといっていいのだが、北野の映画の中に「観光写真」的なショットが溢れかえっているのは、おそらくこれと同様の効果を狙ってのことなのである。北野自身が例の交通事故後に描いたという奇妙なタブローの数々が映画のいたるところに現れるのは、単に「不随」の象徴として、あるいは西と堀部(大杉漣)の鏡像関係を平行モンタージュによって結びつける蝶番としての機能だけではない。それはヘプバーンを脅えさせた宮殿や遺跡と同じように、灰色の「死」が至るところでわれわれを見つめかえす眼差しなのだ。
 北野が提示するのは、もはや「否定」と「肯定」とが共存することのない「切断」の場ではない。存在するのは「否定」も「肯定」も放棄された後の、中性的で、ただうすぼんやりとした「うつろ-い」の過程である。ようするに、北野は「老いた」のか? --おそらくは、そうだ。だが、これらの「死」の観光旅行的な凡庸さを、それが凡庸だからといって非難にはあたらない。「俺たち、もう終わっちゃったのかなあ」「馬鹿野郎、まだ始まっちゃいねえよ」という『キッズ・リターン』のセリフに続くのが「不随」であり「余生」であったという周到さ、老檜さにおいて、『HANA-BI』は映画としての「老い」の実践であったし、正確には「老衰」を回避するための戦略の行使だった。だから、通俗的な「夫婦愛」なる口実を召喚してみせた不自然な糊塗は明らかに意図されたものといえる。この「-」、裂け目を充填する幻想、「ファルス」、この欺瞞を、しかし、どう批判されようと切実なものとして受け止める観客はたしかに存在するのであり、あろうことか「調和」とか「成熟」とかいった胡乱な語彙で積極的に擁護するのは、むしろ批評なのである。
 『HANA-BI』の勝利とはこうした戦略の勝利であり、画面の隅々に感じられる審美性はその効果と考えなければ意味をなさない。欧米の批評家に絶賛されたという「キタノ・ブルー」は、それが「キタノ・ブルー」であることを意味しているにすぎないのだ。だが、「肯定」するにせよ「否定」するにせよ、その戦略の内部で語ることで何かを語ったことになるのだろうか。もし語りうるとすれば、ここではじめて北野の映画は「死」に直面した、という点に尽きているのだが、映画の外で/について語らなくてはならないとすれば、結局のところ審美的であるしかない「映画批評」を名乗る存在とは、何ごとかを語りうる権利を持っているのだろうか。少なくとも批評は、自身が「死」に脅える凡庸な老いに揺り動かされる感傷の代弁者にすぎないことに、いささかの痛みも感じていないように思える。
(「情況」1998年5月号)

(現在の後記)
今となってはもう書けないなー、こういう文章・・・。というのは、べつに蓮實批評の影響が気恥ずかしいほど露わだからというだけではなくて、この筆者が批判する『ローマの休日』のような「通俗性」というやつを、こうまでいきり立って裁断する必要をもはや感じないからだ。つまり、要するにボク自身が「老いた」ということなのだろう。
だが、じつはボクのそうした個人的な事情だけでないのかもしれない。この時期(90年代後半)を境にして、世界的に「映画」(非アメリカ的な、ヨーロッパの映画祭向けの映画という意味である)がある種の「通俗性」を積極的に身にまとわなければ、もはや自らを維持できなくなってきたのだ。「72年の作家」であるヴェンダースやシュミット、アンゲロプロスの凋落を見ればそれはあきらかである。逆に旧ハリウッドの生き残りたるイーストウッドの時ならぬ浮上はこの「情況」抜きには理解できないし、あるいはおそらく「情況」に対して聡明に振る舞いえた『デッド・マン』以降のジャームッシュもまた生き残ることができたのだった。
飜って日本では? いち早く自覚的に対応しえたのは『ユリイカ』の青山真治ただ一人だったし、おそらく今でもなおそうである。青山以外は、あたかも「情況」など存在しないかのように形式化にいそしむか(黒沢清)、「実存」の痛ましい剥離のうちに解体するか(塩田明彦)、最初からそんな「実存」なぞ存在しなかったかのようにふるまうか(山下敦弘以降の若手のすべて)、のどれかなのだ。