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2007年10月19日

●「サッド・ヴァケイション」

について書こうと思ったんだけど、諸事情により今回はパス。
vsカタールについても、長くなるのでパス。反町監督もプレイヤーのお子様たちも、大人に脱皮する良いチャンスをもらった、くらいに考えておこう。

とはいえ、ちょっとだけ映画の感想を備忘録がわりに記しておくと、おそらく今、青山真治の作品歴は過渡期にあるのかもしれず、その辛さが作品のそこかしこにたえず付きまとっているのだけれど、個人的には決して嫌いではない。
彼の映画にはつねにどこか世の中への悪意が込められていて、そこがたとえば師匠筋の黒沢清とは違うところだ。だからこそ青山真治には、作品の出来如何にかかわらず、やはり好意的にならざるをえない。
(逆に言えば黒沢清は、作品の出来不出来によって生きも死にもする)
今回の(どこか「マグノリア」を想起させる)ラストなんて、ハッピーエンドでありながらその内実に込められた悪意なんぞというのは、癒しとアートの区別の付いてない世間の人びとには決して理解されない(しようともしない)類のものであるだろうし、そもそもああゆうぶっきらぼうな反・心理主義的な画面を受け入れる余地はもはや現在の映画に残っているのだろうか? とも思うのだけどね。
(なにしろあのゴダールでさえ「アワー・ミュージック」では心理主義化してしまっているのだ)
しかし、それをわかっててあえてやってる辛さが画面からどこか伝わってくるのは、意気にも感じるし、厳しいなあとも思う。
まあ、1ファンとしては、青山監督には今後はぜひブニュエルのメキシコ時代のように、どーでもいいストーリーのどーしょもないコメディを毎年どんどん量産するような作家になってほしいと思う。詩人やミュージシャンと違って、なんといっても映画監督と建築家という仕事は、年齢を重ねれば重ねるほど過激で面白いものが作れるという稀有な業種なのだ。