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2007年07月16日

●vsベトナム(ベトナムもアジアカップGL突破オメ)

試合自体は熱帯雨林の泥道をポルシェに乗ってジープと競争するような試合だったが、どうも今回のアジアカップ、2002WCのアジア版という感じがする。
高温多湿の気候とピッチ状況がゲームのギャンブル性を高め、開催国の予想以上の健闘が加わって、おそらく初戦の日本とオーストラリアの予想外の不調が大会全体の難しさにトリガーを引いてしまった。結果、それらに足をすくわれた強豪国が次々と敗北を喫していく・・・。
千葉時代からのオシムという監督は、リスクととって勝ちに行くときは際どいまでに勇敢だが、今大会前の弱気ともとれる発言を連発してマスコミの不評をかい(日本のマスコミというのはきっと強制されなくても「大本営発表」が好きなのだ)、実際にもかなり慎重なゲーム運びを選択していた。しかし、2002年にはFIFAの技術委員だったオシムは、どうもこの状況をある程度予想していたのではないか。
おそらく、状況と彼我能力差を厳密に測定しつつ、行くときは危険を犯して行く、退くときは徹底して退く、というメリハリのある采配を高いレベルでふるう「勝負師」肌の監督は、これまで日本には皆無だったと思う(ジーコもトルシエもベンゲルも「自分たちのサッカーを大事にしよう」というタイプである)。似たタイプとしてすぐに思いつくのは、むしろ(サッカーのスタイルこと異なるとはいえ)モウリーニョやヒディンクだろうが、しかしこうした「大人」の監督を評価する土壌がまだ日本には足りない気がする。
オシムの采配の特徴は、4-1とリードした時点で交替のカードを3枚使いきってしまったあたりにその一端が表れている。BSの解説の山本昌邦氏は高温多湿の環境やトラブル(キーパーのケガ等)を考えて、この時間帯の交替は2名まで、と考えていたらしい。おそらくセオリーとしては山本氏が正しい。しかしオシムは(おそらくそんなことは100も承知で)後半の残り時間30分近くあるのにすべてのカードを切ってしまった。
オシムにはたぶんマスコミへの言動とは裏腹に、オーストラリア戦を前に佐藤と試しておきたい、という腹づもりがあったのだろう。そしてベトナムの疲労度を考えると、日本チームのケガやレッドカードでたとえ10名になったとしても3点差がひっくり返ることはない、とも読んでいたはずである。こうした条件をすべて勘案した上での3人の交替だったのではないか、という気がする。

今後の希望をいえば、準々決勝でオーストラリアに完勝して、準決勝でイランにPK戦で惜敗、というあたりが理想かもしれない。ヘタに優勝してしまうと、2010年に向けて今後のチームの世代交代がやりにくくなる。
ただし、実際にそうなるとまたマスコミがまた煩い批判をするのだろうが、勝手に期待値=欲望を高めて、現実がそれに沿った結果にならないとヒステリーを起こすという態度は、批判とはいわない。単なる甘やかされた幼児のダダである。まあ、われわれ消費者なんて幼児みたいなものなんだが・・・。