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2007年06月01日

●vsモンテネグロ

この二週間ばかり、風邪で7度5分ほどの熱が下がらず、まだうつらうつらしているのダ。寝過ぎてかえって身体が凝ってしまった。そろそろマッサージ行って、酸素カプセル行って、飲みに行きたいのだけど・・・。

今日もTVを見ながら、難しい本は読めないので『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』(光文社新書)をパラパラとめくっていた。
そしてふと
「植民地解放の時代が、74年から75年にかけてのポルトガル帝国の崩壊をもって終わったのです。75年までにはほとんどの植民地が独立を果たしました」
という文章が目に付く。

そういえば、74年というと、サッカーでは西ドイツ大会、クライフの時代である。70年のブラジル優勝でサッカーの古典時代が終焉し、モダンサッカーの幕開けと位置づけられる大会だった。
その後、90年イタリア大会の開幕戦の衝撃があり、今や世界№1FWといえるコートジボワールのドログバに代表されるアフリカ勢の台頭がこの時期に始まったのは、おそらくアフリカの植民地独立と無縁ではない。
ただし、サッカーのモダニズムとアフリカ解放とが、どのような内在的な関係を取り結んでいるのか、まだいまいち判然としないのだが。

おそらくサッカーというゲームにおける身体性の位置づけが大きく変化した(端的に言えば持久力と瞬発力が以前と比較にならないレベルで求められるようになった)ことが関係しているのだろうが、しかし後藤建生さんあたりが、どこかできちんと書いてくれないだろうか?

先日のペルー戦(ボクは現地で見ていた)では「相手が飛車角落ち」という点ばかり強調されていたが、日本のDFがアタックにいってもほとんどファールにしかならない、南米らしい身体の強さ・使い方の巧みさが目に付いた。今日のモンテネグロは、トラップの巧みさで日本のプレーヤーを一発でかわしてくるところなんぞ、旧ユーゴらしい潜在的なテクニックはさすがだと思う。まあ、お互い結果はさして問題ではない。
今日の代表を印象だけでいうと、そろそろチームがテストモードから実戦モードへ移行しつつあるのかな、という感じ。これまでの特長といえるプレーの「連動性」と同時に、オシムはおそらくアジアカップを見据えて「リスクヘッジ」も求めているのではないか、という気がする。
たぶんこれは、選手の「考える」能力=状況対応力というのが問われているのであり、今後このあたりで選手が篩を掛けられていく要素となっていくのだろう。